本堂の内陣の柱間が三十三あるために三十三間堂と呼ばれていますが、正式には蓮華王院という名の天台宗の寺院です。もともとは後白河上皇の離宮・法住寺殿の広大な敷地の一角にあり、長寛2年(1164)後白河上皇が平清盛に命じて造らせ、周囲には五重の搭や不動堂などを従えて偉容を誇っていましたが、度重なる震災ですべてを損失、現在残っている本堂は文永3年(1266)に再建されたものです。長大な堂内をびっしりと埋め尽くすようにして立つ千手観音像で、本像の千手観音坐像(国宝)を中心に、左右に10段50列で500体ずつ千手観音立像が整然と並んでいる様は圧巻です。